詩集ができました。28歳の時に出した第一詩集「水の物語」の表紙は友人と一緒に考えながら横線を引いて作りました。それを思い出して、詩集を作るのはこれで最後にするつもりで表紙は線だけでデザインしてもらいました。
口の悪い友人はしばらくしたら「よもや」という詩集出せと言いますが。
今のところ「どんぐり」「瀬古鳥獣店のある町」「泣けない」「老小説家の夢」「犯罪博物館」などがよかったというお手紙をいただいています。
犯罪博物館は詩のページに載せていないので、ここに載せます。
犯罪博物館
犯罪博物館には
犯罪に使われた道具が集められています
包丁 麻紐 金槌 ピストル
ガソリンとくすり
誰も訪ねてこないので
館長は暖かいココアでもてなしてくれます
外は風
館長は話し好きで
犯罪の歴史を滔々と語ります
歩き続けてきたので手足が凍えています
ところで
憎悪は犯罪ですか
心の中の憎しみは罰せられますか
積み重ねられた孤独の毒については
森の中に入ってから話しましょう
犯罪博物館の裏手にある深い森には
たくさんの憎しみが落ちています
気を付けてください
むっくりと起き上がって
さみしい人にとり憑くことがあります
草の背丈が低すぎるので悪事が丸見えの道です
思い出で汚れたセイタカアワダチソウとか
実をつけたかったソメイヨシノとか
〈憎みなさい
〈筋肉質の腕を持つ運転手を
〈愛され方を知り尽くしている女たちを
〈お菓子が欲しくて泣き叫ぶ男の子を
〈会うたびに孫の話をする男を
〈節くれだってきた五本の指を
〈あなたが愛したすべての人を
きちんと憎みなさい
きちんと憎んで片づけなさい
終わりましたか
博物館は閉館の時間です
もらった花を捨てた人がいたかもしれない
死を悼んで置かれたものかもしれない
ひとつの花束から
地球にはびこる人間というものに思いを馳せる
泣けない自分もその一族
道を歩いていたら
花束が落ちていた
白い紙に包まれていた
まだ新しかった
花を捨てた人がいたのか
花を忘れた人がいたのか
見なければよかった
入ってくるのを拒む
出てくるのを拒む
思いが向かうことを拒む
何も見ずに静かにしていたいが
花束はそこにあった
死んだ人のいる道を歩いてきたのかもしれない
欲しくない花束を捨てた人の憎しみの上を
歩いてきたのかもしれない
秋の空を雲が猛烈に流れていく
人間はどこまで残酷になれるのだろう
生きることも死ぬことももう
見たくなくて
いっしゅん
呼吸を止める
泣くかと思ったが
泣けない
きらきらと光っている街の明かりの
はるか上空で月が寡黙に光っている
佇んでいるようにも見えるが
今宵満月
あんなに遠い月の下で
息づいている人々がいる
人々よ
と声をかけたくなる夜
四角いマンションの光の列の真ん中で
今誰かが息を引き取ったかもしれない
月とも地球とも無縁に
たったひとりで逝く人に
窓から白い月の手が伸ばされる
特別なことは何も言っていない詩を書いてみました。
4月
花を散らして山は呆然としていた
7月
カメラのシャッターを開けている三十秒の間に星が流れた
11月
七本並んだ銀杏の木が順番に葉を落としていった
手前の一本の木の骨の先に冬がとまっている
いつだって途中
途中で生まれ途中で死ぬ
4月
五時二分東の空が白み始めた
まばゆい五月の光の中で青い矢車草が真っ直ぐに咲く
バスに乗って通り過ぎただけの町の看板のことばが
特別なものになるときがあります。
何かわけがあるのでしょうが。
伊東直道さんには子供が二人いる
小三と小一の男の子だ
日曜日には公園でキャッチボールをする
伊東直道さんに秘密はない
妻が持たせた弁当を笑いながら食べる
伊東直道さんには暗い過去はない
うしろ暗い現在もない
この小さな町の交差点で
しばらくとどまり出発した
伊東直道さんの鋼の車が動き出す
伊東直道さんに会ったことはない
吉川さくらさんの家の庭には大きな楓の木がある
春には甘いにおいを放出し
濃密な時間を作り出す
秋には四角く切ったガラス窓に
音を立てて枯れ葉を飛ばし
時折激しく梢ごと揺れる
吉川さくらさんは長い間一人で生き
美しい一冊の本のような墓標を残した
吉川さくらさんに会ったことはない
世古鳥獣店の二代目は写真を撮っている
死んだセキレイの羽根を五枚並べて
暗い店の奥の部屋で
光と闇の間を行ったり来たりしている
店の外のガラス戸では
スズメ ハト シジュウカラ トラック
イヌ ネコ ヒトの写真が
夕日を浴びて光っている
世古鳥獣店の二代目に写真を撮ってもらったことはない
他の命を奪って生きている
だれもかれも
あなたもわたしも
誰からも見られない場所で
ただ いる
朝昼晩
目覚める 飛ぶ 捕える 食う
そして眠る
生きているものを生きたまま食った
母ねずみを食った
子ねずみを食った
恋人たちを食った
ひとりも食った
ふたりも食った
斟酌できない 斟酌しない
生きていることに意味はあるのかとは
問わない 問われない
ただ いる
いることに意味は
たぶん ない
※
あのまま朽ちるわけにはいかなかった
朽ちることより砕けることを選びたかった
目を開ける
みじろぎする 羽ばたく
空気が裂け風がおきる 羽根がきしむ
体の芯が熱を帯びる
ここではない場所へ向かって
森から飛び立つ
※
そして 帰ってきた
語れない記憶のかぎ裂きと
砕けることもできなかったという事実をみやげに
ふくろうは変わったかもしれないし
そうでないかもしれない
ただ
ここにいる
(中日新聞)東京新聞に紹介されました。
7月、朝日新聞と中日新聞に詩集についての批評が載りました。
7月15日掲載分の個人文芸誌については、電話で取材してもらいました。
16年ぶりに詩集を作りました。
「動物詩集 へんな生き物」
ひとりで旅をして見た光景が
身体の中に残っていて
ふいに詩の言葉になって出てきます
これはどこの森だったかなあ
物語の続きは
風が読んでいった
読みかけの本を木のテーブルに置いて
立ち上がると
初夏の光が
目に飛び込んできた
青い空 白い雲
森は風に揺すられて
もう
充分に読んだ
結末はわかっている
けれど
空は青く雲は光っている
夏の風は夏の物語を運んでくる
まだ若い人には申し訳ないけれど
年をとったら
だんだん楽になってきました
生きることが
逃げ足の速いウサギのように
あと足を伸ばして
言葉が消えて行ってしまうのです
あら 何を考えていたのだったかしら
だいじなことだったかしら
素敵な言い回しだったような気もするけれど
水道の水が流れっぱなしだわ
ウサギって何のこと
あれはどこに片づけたのだったかしら
忘れてはいけないことは
思っていたほど多くはなかった
逃げ足の速いウサギは
森の中であと足をなめている
耳は畳んで
おおよそ涙は自分のために流すのだけれど
それはもう卒業したい
そんなことを考えています
さて目薬の時間です
不足している涙を補うための一滴一滴
三時間ごとの約束です
そんなふうにしてやってきましたし
こんなふうにしてやっていけるはずですが
まちがってしまったことごとが
あちこちにくらい水たまりのように残っていて
それは自分のために流した涙の残骸といった体をして
流しすぎると涙は枯れて
目薬の助けを借りることになります
意識は身体から離れているのに
目は隣の人のサンドイッチを見ている
傾いちゃうのにな
と思った瞬間に心が帰ってきた
サンドイッチの箱を
隣の席の人が傾けて膝にのせているので
ふいに
今日がはじまった
さっきまで違うところにいた
身体が空っぽだったことに気がつく
下車しなくては
もう下車しなくては
人間たちの支配する世界を
正々堂々と歩いていくけもののように
多数派が支配する日本を
自分らしく生きていくことが幸せへの近道だと思う
目の前の道を
へんな生き物が正々堂々と歩いて行った
硬い毛並み
丸い尻を振って
日の出前の空に向かって歩いて行った
だれ?
誰でもないが
そう返事したようだ
正々堂々と歩いて行く尻を見送って
私ものぼってこようとする朝日に向かって
深呼吸する
空が近いような気がする
眠れなくて早く起きた朝
真っ白な残月が輝いている
その道から
美しい日曜日がはじまる
自分を主張すればするほど人は離れていくもの。
そのことに気が付いた時に人は大人になります。
けれども永劫
私たちはさびしい水を汲み続ける存在であるかもしれず。
忘れられた井戸の釣瓶が
ある日ゆっくりと水を汲み始める
わたくしは死んではいません
何かを伝えようとするたびに
さびしさはあらわになる
さびしい水を飲む人はいない
後戻りのできないところまで来てしまった、何度も
選択は間違っていたかもしれないと思う。
努力をすれば夢は叶うと信じて十分に年を重ねたのに、
今になって才能はなかったなんて思いたくない。思いたくないけれど。
もはや。の後に続く一行を書きなさい
真っ青な空に浮かぶ雲の彼方から
問いが下りてくる
もはや。
やりなおしはできない
あきらめきれない夢が詰まった古い机と
見切りをつけた才能
もはや。
悪夢のように美しいトルコキキョウ
花柄のリュックサックを背負って
目の前を歩いていく人は
花の咲き乱れる大地をめざし
こんなところまで来てしまっては引き返せない
もはや。
夢が人を見捨てて
空高く昇り
雪のように凍えて戻ってくる
もはや。
とつぶやいた人の
仰いだ口に吸いこまれる沈黙の言葉
地上に落ちて
溶けていく無数の回答
地面を濡らす言葉の力を信じられるか
降りやまない光のように降ってくる
もはや。
の後に
有名な三好達治の詩から発想しました。
同じ屋根の下で眠っていても
孤独はひとりひとりに訪れます。
太郎が目を覚ますと
夜はまだ続いていた
次郎は深く眠っている
しんしんと降る雪は屋根を白くし
目覚めたものは誰もいない
体の底のほうから冷えてくる
これはもう夜でも朝でもなく
薄闇の中
次郎が目を覚ますと
夜は深い闇の中だった
隣で太郎は死んだように眠っている
雪は降り続けている
目覚めたものは誰もいない
冷えた体を両手で包み込む
大切な人が吹雪の中を歩いていく
たったひとりで
太郎の眠りの中に次郎はいない
次郎の眠りの中に太郎はいない
一生かかって失敗してきた
と、ときどき思います。
夢を持つことは一生をかけて失敗する可能性があるということです。
夢がかなわなかったときに。
それでも「梅の花が開きました」と書いてしまったときに
なにか悟ったような、あきらめきったような。
おくさん
あなたが買わなかったキャベツを
買いました
あなたが手にして少し迷って
元に戻した小さな軽いキャベツを
わたしの手のひらに少し余るくらいの
キャベツを千切りにして食べました
おいしくないキャベツ
こんなふうにして
一生かかって失敗してきたと
思う朝ですが
今年も白い梅の花が開きました
尻尾で過去を掃き清められたら安心できるのに。
思い出したくないことは全部尻尾に任せてしまって
すました顔をして歩いていたい。
前を行く若い女の人の
お尻から尻尾が出ている
まあありがちなことではある
あんなに鋭いハイヒールを履いているし
と思ったら
左から出てきたおじさんの
お尻にも尻尾がある
すり減った灰色の
お嬢さんのふさふさ尻尾にはかないそうもないけれど
まあ尻尾である
なんですかそれで
歩いてきた足跡を消してきたのですか
だからそんなに
ささくれだってしまっているのですか
あなたの尻尾
そっと
手を回してみる
使い古した竹ぼうきのような尻尾に触れる
その先っぽに絡み付いている古い布切れのような
思い出が湿っている
兄の鹿狩りについて行って鹿が死ぬのを見守りました。
鹿の目の光が消えていくのを
一度だけ、きちんと見て、それからはもう見ていません。
詩にするのには10年かかりました。
目はゆっくりと
輝きを失くしていった
つまり鹿は
目をあけたまま死んでいったので
その目が最後にうつしたのは
曇天の空でしかなかった
一発の銃弾で命を落とした
死ぬことを考える間もなかった
森は深い秋を迎え
枯葉の重なる地面に
前足をつき
頭を落とした
もう
食べ物を探すことも
伴侶を求めることもしなくていいのだと
役割を手放して
目は光を失っていった
兄さん
あなたが仕留めた獣の肉を
今夜は二人で食べましょう
森の中にはもうひとつ
光の通る道があって
木々の枝の向こうに
幹を光らせている木がある
その木の元に骨を埋めた
今でもあの森は
青い光を育てているのだろうか
いきものの目が二つ光っているのだろうか
札幌のバスターミナルで前に並んでいた男性がいきなり崩れました。
隣にいた娘さんと思われる女性が腕をつかんで立たせようとしたのですが、
男性はそのまま崩れ落ち、すぐにそのコンクリートは失禁したと思われる色に染まっていきました。
そんな状況でその男性は「だいじょうぶだ」と娘さんに言っていたのです。
この出来事を詩に書けるようになるまでにはたくさんの時間が必要でした。
バスを待つ列で
目の前の人がくずおれた
膝が折れ
力が抜けていく
だいじょうぶだおれはまだ死なない
それは誰かの声と重なる
父の
母の
すべての生きていた人の
いつかは死ぬ
わたくしの
うつむいたまま
背後に立つものの気配を
感じて立ちすくむ
桜の花が風に揺れる
激しく揺れる
激しく揺れて枝ごと一羽の鳥になる
そんなイメージがひとつの詩になりました
たっぷりと花を湛えた桜の枝が
いっせいに揺れると
一羽の大きな鳥になって飛び立った
無数のはなびらを撒き散らし
あたり一面を桜色に染めあげて
はばたき はばたき はばたき
花であったことを忘れる
長い年月をかけて育った太い幹を忘れる
空!
水色の空の高みを目指して飛ぼうとすることで
不覚にも鳥は分解する
はなびらが降ってくる
はばたき
はばたき
降ってくる
地上では一組の家族が花見をしている
その上からも
自動書記のようにしてできた詩。
個人誌に発表したけれど自分でも意味がよくわからなかった。
今朝不意にわかった。
これは死を詠んでいるのだと。
誰にでも順番に
死が回ってくるのだと。
夜がひとつずつ上がってくる
観覧車のように
光がなければ夜は沈黙していられたのに
夜の中に夜が浮かぶ
空中の寄る辺ない足元に
宝石がひとつ落ちている
母の形見のガーネット
かもしれない
坂本冬美の「夜桜お七」が頭の中でがんがん鳴る。
…さくらさくらいつまで待っても来ぬ人と死んだ人とは同じこと…
この詞が歌人の林あまりによるものだとは先日知った。
「さくらさくらいつまで待っても来ぬひとと死んだひととは同じさ桜」
この詩を書いたときに夜桜お七を意識していたかどうか、もう忘れてしまったが、会えなくなった人のことを考えていたことは間違いない。
若かった時の恋人に会いたい。話が尽きなかった頃の友達に会いたい。今でも会おうとすれば会える同姓同名のあの人ではなく。
一刻一刻人は死んでいく。
騒々しい不在を抱えて
地下鉄に乗っている
見知らぬ人に囲まれている
58歳の母に会いたくなって
地下鉄の窓に目をやる
87歳の母はすこぶる元気で
今頃は花に水をやっているだろう
電車が停まる
たくさんの人が降りていく
別れる前の恋人に会いたくなって
地下鉄の隣のシートに目をやる
別れた恋人は時々電話をしてくる
優しい会話ではじめからおわりまで
他人
電車が動き出す
誰も乗らない
傷つきやすかった21歳の親友も
親切だった10歳のひで君も
死んだも同然
死んだも同然な人々を
こんなにも抱え込み
焦がれているわたくしの一部も
すでに死んだも同然で
わたくしの上に時間が降り積もる
すべての駅を埋め尽くす